【成功する子 失敗する子】 何が「その後の人生」を決めるのか

【成功する子 失敗する子】 何が「その後の人生」を決めるのか

なかなか刺激的なタイトルですが、原題は『How Children Succeed – Grit, Curiosity, and the Hidden Power of Character 』 つまり、子どもの成功は根気強さ、好奇心、それとも隠れた性格の力によって決まるのかを追求した一冊。コロンビア大学出身で東海岸に住む著者の本のため、ウェストチェスターに住む私たちにもなじみの深いニューヨークの地名がたくさんでてきます。『ニューヨーク・タイムズ』『ハフィントン・ポスト』『ウォール・ストリート・ジャーナル』で大絶賛されたこともうなずける内容です。

なお、本書の中では「成功」そのものの定義は明確にでてきません。あくまで心理学や経済学の実験及び追跡調査で、大学をきちんと卒業すること、より年収の多い職業につくことを成功と捉えている節がありますが、それは実験を数値化するためのわかりやすい指標であり、裏にある概念は、コツコツと努力して最後までやり抜き成果をあげる能力を身につけることが成功に結びつくということだと思います

序章は、著者が自身の子どもの幼児教室を見学に行く話から始まります。ニュージャージーではツール・オブ・ザ・マインドという衝動を抑える自己管理能力を培うための学校で、黙々と作業に励む幼児たちをみて異様なものを見た感覚になったそうです。一方で、数年前にニューヨークシティで初めてオープンした公文教室を見学して、幼児の頃からワークシートとドリル付の知識偏重主義の時代に産まれた我が子を嘆きます。私は個人的には、本書に日本の公文がでてきたことが嬉しかったですし、確かにウェストチェスターにもハリソンやハーツデール、スカースデールなどあちこちに公文教室をみることができてローカル化に成功しているモデルの一つだと思っています。

この幼児教育ブームには1994年にカーネギー財団が人生の最初の3年間での教育がその後の人生を決めると説いたことで一気に火がついたそうです。(P14)もちろん、日本やアジア諸国では94年どころかずっと前からあるような気がします。

ここで子どもの成功のために、知識が重要なのか、それとももっと他に重要な何かがあるのかを問う調査結果が紹介されます。

日本の大検にあたるGEDテストについて、知識レベルでは高校卒業者と変わらないことのお墨付きを与えているはずなのに、高卒者とGED合格者では大学の中退率が後者の方が圧倒的に高いということ。つまり、(アメリカの!)大学を卒業するには、嫌なことにも耐えて高校を卒業するための気質が必要なのではないかという調査結果が紹介されています。(P21)

もう一つ紹介されている興味深い実験は1960年代にデトロイトで実施されたペリー・プレスクールのものです。貧困層の中から特別な2年間の幼児教育を受ける組と普通に過ごす組とをわけてその後の経緯を追いました。すると、小学校1,2年生くらいまでは前者のグループの成績は良かったのですが、3年生になる頃にはIQにも違いがみられなくなり、一見、幼児教育の意味がなかったかのようにみられていました。しかし、この実験の面白いところは40年以上たってからも追跡調査されていることで、前者グループは後者より250万円ほど収入が多く、目に見えて逮捕歴が低かったのです。つまり、幼児教育は知能としてより「非認知的スキル」としての好奇心、自制心、社会性などに影響を及ぼし、その後の人生を豊かにすることが確認されました。(P22)

第一章は幼少期の経験やストレスがどのようにその後の人生に影響するかをさまざまな実験を通じて解説しています。

幼少期にストレスの多い環境、つまり親の離婚や暴力、精神病、アルコール依存症が近親者にいる環境で育った場合、そのストレスの項目が多ければ多いほど、発病率や依存症の発生率、自殺希望率が顕著に高い傾向が確認されたということです。(P40)

マウスを使った実験では、毛づくろいをしてくれる親のもとで育った子供は、成長後に勇敢で大胆な行動をすることがわかっています。(P67)幼少期に、例えば親子でジェンガをしている時にそっと手助けをしてもらった経験の積み重ねが将来に大きく影響すると述べられています。また、母親の反応の感度(子どもに何かあった時に毛づくろいをするようにいたわる)が高ければ、環境上の不利な要因が子どもに与えるストレスをほぼ消し去るとも述べられています。(P70)

ここまでは幼少期の体験がその後の人生に及ぼす決定的な影響について書かれていましたが、では幼少期に特別な教育を施されなかったり、不幸な環境で育ったら人生が台無しになるかというとそうは書かれていません。貧困のサイクルが続くような家庭で育ったある少女が高校二年生で警察のお世話になった時に母親と話し合いをした結果、方向転換をした例を挙げ、知能ではなく感情的、心理的、神経科学的なアプローチをするプログラムによって思春期は軌道修正するためのターニングポイントになりえるという事例が紹介されていきます。

第二章では、その思春期のターニングポイントで先生たちが試行錯誤する様として、ニューヨークに住む私たちにとって特に興味深いブロンクスの全く趣向が異なる2校の取り組みが紹介されます。

ニューヨークのサウスブロンクスのあるチャータースクール(特別な目的をもって設立された学校)KIPP(Knoledge Is Power Program)では低所得者の子どもをピックアップして入学させているにも関わらず99年にはブロンクスで1番、ニューヨークで5番という成績をあげ全米を驚かせました。しかし、進路調査をしていくと、KIPPでの熱気にあふれた環境から解き放たれた子どもたちの大学中退率は極めて高いという結果がでてしまいました。つまり、大学で粘れるのは楽観的、柔軟、人付き合いにおいて機敏であるといった能力を持つ人たちで必ずしもKIPPでトップの成績をとっていることとは関係が無いということがわかってきました。(P96)

KIPPの校長レヴィンは『オプティミストはなぜ成功するか』という本を手にし、
・鬱状態を避け、生活を改善したいなら「説明スタイル」を変え、よいこと、もしくは悪いことをが自分の身に起こった理由について自分自身のためのよりよいストーリーを作り出す必要がある
・ペシミストは不快な出来事を永続的なもの、個人的なもの、全面的なものととらえる傾向がある
といったことが書かれていることにヒントを得て、知識だけでなく生徒たちの気質を育む方法について研究し始めます。(P98)

もう一校の取り組みとしてヨンカースの南、ボタニカルガーデンの西側、ハドソンリバーに面した富裕エリアのリバーデールにある私立校、ホレース・マン・スクール、エシカル・カルチャー・フィールドストン・スクール、リバーデール・カントリー・スクールの3校をあげ、リバーデール・カントリー・スクールでの取り組みを紹介します。

これらの私立校ではとてつもない大富豪が子女を通わせているわけで、子どもへの期待は大きな成功を収めることではなく失敗しないことに集約しがちとなっています。しかしながら、その超難関校の校長ランドルフは案外なことに非常に先進的な考え方をしており、失敗をしないお膳立てをされた環境では本当の成功に導くことはできないと常々考えていました。

そうして全く生徒の属性が異なるKIPPのレヴィンとリバーデールのランドルフは『オプティミストはなぜ成功するか』の著者に会いに行き24の性格の強みのリストを目にします。勇敢、市民性、公正、賢明、高潔、愛、ユーモア、熱意、美をめでる心、社会的知性、親切心、感謝の心など。(P.105)

ここで重要なのは、性格とは生まれ持ったものと思われがちですが、彼らは性格とは習得でき、実際に使える、そして人に教えることができるスキル(強みや能力の組み合わせ)と捉えていることです。ただし、性格を教えるとなると、常に誰の価値観なのかが問題となり、例えばキリスト教の価値観、倫理観を押しつけようとしている といった政治批判につながりかねません。レヴィンとランドルフはそれぞれ異なるアプローチをとります。

1960年代後半に当時スタンフォード大学のウォルター・ミシェルによって行われた有名な実験 マシュマロ・テスト が紹介されます。子どもの机の前にマシュマロを置き、食べたくなったら呼び鈴を鳴らせばすぐ食べられる、しかし、先生が戻ってくるまで待てたらマシュマロは2個食べられるという選択肢を幼児に与えます。20年間にわたる追跡調査の結果マシュマロを我慢できた時間と学校の成績に際立った相関関係がみてとれたのです。

しかしながら、この自制心とその後のご褒美のスキームを実際の学校に導入を試みても失敗に終わりました。マシュマロが欲しくても違うことを考えたり、マシュマロを絵か何かだと思い込んで我慢するといった方法の問題点は、欲しいものがはっきりわかっている時にしか使えないということで、学校が子どもたちに目指してもらいたい長期的な目標は20分後に褒美をもらえるようなものではありません。(P112)

そこで、長期的な目標を達成するためのメカニズムは動機づけ(モチベーション)と意思の両方をもつことにあると気づきます。この2つのメカニズムのうち、モチベーションを変化させることは短期的にはすごく簡単ですが、私が本書で最も心に残った実験がここで紹介されます。

それはM&Msのチョコレートを使ったテストで、ある生徒群をIQの高い・真ん中・低い層に分けました。普通にテストをした場合と正解したらチョコレートをもらえるというインセンティブをつけた場合、高と中のグループは両方のテストに変化は見られなかったものの低グループは点数をぐっとあげて中グループとほぼ変わらないテスト結果となりました。さて、IQ低グループの本当の知能指数は低なのでしょうか、中なのでしょうか。どのような形にせよIQ中レベルのテスト結果をだせたのだから本当の知能指数は中クラスではないかと思うのが普通かもしれませんが、長期的に見た時、彼らの進路に影響を与えていたのは結局のところ最初のスコアだったのです。つまり、目に見えるインセンティブが無くても目の前の課題に真剣に取り組めるという資質がその子の将来に強く影響しているということでした。(P.119)

また、スタンフォード大学で行われた「ステレオタイプの脅威」という実験も紹介されています。知的なテストだと言われてゴルフをさせた場合、白人はスコアがよく黒人は悪くなりました。一方、運動能力のテストだと言われてゴルフをすれば結果は逆転しました。そこから、ステレオタイプの脅威にさらされている生徒たちに「知能はさまざまな影響を受けやすいものである」とたねあかしをすることでその脅威から回復できることが解明されました。知能そのものは変わらなくても心のありようは確実に変えられることがわかっています。

こういった実験を踏まえ、KIPPの校長レヴィンは気質を育てるために重要な7つの項目 やり抜く力・自制心・意欲・社会的知性・感謝の気持ち・オプティミズム・好奇心 をベースに「性格の通知表」というものをつけて生徒の両親に渡すことにしました。

一方、リバーデールの校長ランドルフは、自校の生徒たちは通知表のようなものを作った途端、そのためのテスト勉強をはじめ順位を争い始めることを熟知していました。また、リバーデールは公立校ではなく高額な授業料を親から受け取って運営しているのであり、生徒の性格を批判するということは自分たちのスポンサーである親の教育を批判することにつながってしまうというジレンマも抱えていました。(P.139)

リバーデールは子どもが上流家庭から転げ落ちることのないようなつながりや保証を与える機能、つまり、失敗のない人生への保険となっています。しかし、校長のランドルフはやり抜く力や自制心は、失敗をとおして手に入れるしかないと考えており、生徒たちは失敗の仕方を学ぶ必要があると苦悩することなります。(P141)この点で、著者も将来をみればKIPPの生徒の方が経済的な優位ではなく気質的な優位にたつだろうと述べています。

第三章は、うってかわってチェスの話題になります。幼少期からチェスのエリート教育をされてきた子どもたちと、一方でブルックリンの低所得層エリアの公立校IS318で中学になってから初めてチェスを知ったような子たちが前者のチェスのエリートをやぶって中学の3学年すべてで優勝したという、これもまた興味深い話が続きます。

心理学者アンダース・エリクソンの「ほんとうに習得するには1万時間の着実な練習が必要である」という言葉を引用し、確かに、チェスのグランドマスターになるためにチェスをスタートすべき年齢がどんどん早まっている事実を指摘しています。

当然、門外漢の我々にとってチェスまたはチェスでなくても何か特定のことにそれほど多くの時間を注ぐことは、他にするべきことの機会損失になっていないかと考えてしまいます。IS318を率いるチェス教師は実は若い女性なのですが、彼女はとても印象に残る発言をします。

あるチェスのトーナメントの日に著者がその若いチェス教師にインタビューをした際、「何かに夢中になることで、子どもたちは自由になれると思う。彼らはいま、ずっとあとになっても忘れない、ものすごく大事な経験をしているところなの。子どものころを振り返った時に、退屈しながら教室に座っていたり、家に帰ってテレビを見たりっていうぼんやりしたイメージしか浮かばないのは最悪だと思う。少なくともチームの子どもたちが振り返れば全国大会の思い出があるし、あるいは個人的によかった試合とか、アドレナリン全開でいちばんの難題に取り組んだ瞬間のことを思い出せる」(P207)
この言葉を読んで、確かに、中高校生の時に何かに打ち込んだという自信は、何にせよ後の人生の基盤になるように思いました。

最後の章では思春期におけるターニングポイントについて上記のとおり、KIPPやリバーデール、チェスの話を持ち出したあと、著者はやはり自身の幼い子どもに思いをはせます。
「まだよちよち歩きの幼児について話すときに「性格」という語を使うのはすこしばかり滑稽にも思われる。もちろん個人の性格は文化や家族、遺伝子、自由意思、運などのあいだで起こる、はっきりとは特定できないあらゆる種類の相互作用によって発達する。しかしわたしにとって新世代の神経科学者たちが成し遂げたもっとも深遠な発見は、子どもの脳の化学作業と成人の心理の間に強力なつながりがあることだ。わたしたちが性格と呼ぶ崇高で複雑な人間の性質の奥底にあるものは、科学者たちの発見によれば、発達段階にある幼児の脳内、体内の特定の化学物質による平凡で機械的な相互作用だ。もちろん、化学作用は運命ではない。しかし、勇敢で好奇心が強く親切で賢明な成人を生み出すいちばん確かな方法は、幼児のころにHPA軸をうまく機能させることであると実証されている。では、どうしたらいいのか?魔法でもなんでもない。まず、深刻な心理的外傷と慢性的なストレスから可能な限り子どもを守ること。次に、これがさらに重要だが、少なくともひとりの親と―理想的にはふたりの親と―安定した、愛情深い関係を築くこと。これが成功の秘訣のすべてではないが、大きな、とても大きな一部である。」(P269)

「エリントン(息子)が大きくなるにつれ、愛情やハグ以上のものが必要になった。規律、規則、限度などだ。~子どもにすべてを与えたい、子どもをすべての害悪から守りたいという衝動と、ほんとうに成功者になってほしいならまずは失敗させる必要があるという知識との葛藤である。もっと正確にいえば、失敗をなんとかすることを学ばせる必要があるのだ。失敗をどう扱い、失敗からどう学ぶかを知ることの重要性は本書の多くの章に共通のテーマである。(IS318の)チェスの教師はそれを教える専門家だ。彼女は生徒たちがたくさん失敗するのをあたりまえのこととして受けとめていた。どんなプレーヤーでもそうなのだ。彼女の仕事は生徒たちが失敗するのを防ぐことではない。それぞれの失敗から学ぶ方法、自分の失敗をまばたきもせずまっすぐに見つめる方法、自分がしくじった理由と真正面から向き合う方法を教えることだった。」(P270)

本書の中で、私はチェスの章は非常に興味深い話ではありながらどのような位置づけかわかりかねていたのですが、確かに、チェスというのは相手があり、自分の行動と心理が作用し、あとから自分が何を考えてどの手をうったのか、どうすればよかったのかを深く考えるのに適したゲームだと気づき、その過程を著者は説明したかったのだと納得しました。

 

とても興味深い一冊で、かつウェストチェスターになじみのエリアも多かったため、詳細に紹介しました。お子さんの年齢に関係なく子育てに携わるすべての人に有益な一冊だと思います。また、本書を読みながら、ウェストチェスターにある名門モンテッソーリ幼稚園が、この性格の強みを幼児にもたせるための取り組みを行っていることに気づきました。その件については別記事に記載します。

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